400ZRをレガシーなWDMにエイリアン入光してみた話

はじめに

 この記事では、光信号「400G-ZR」を既存のWDMシステムに「エイリアン入光」させて伝送する実験について紹介します。本記事は、光通信の専門家ではないものの「400ZR」という用語を耳にしたことがあるネットワークエンジニアを主な読者と想定しています。

 本記事は、BBSakura Networks Advent Calendar 2024 の 9日目の記事となります。

自己紹介

 こんにちはこんにちは!BBSakura Networks 開発本部のMatsu(立松 裕將)です。今年の9月からBBSakura Networksに兼務していますが、普段はBBIXで機材の購入稟議や、光ケーブルとたわむれていることが多いです。最近は、JANOGのスタッフ発表などの活動をすることも多いです。一部では「ネットワークシェル芸人」と認知?されているかアレなんですが、ネットワークインフラ専業の構築エンジニアで、ソフト寄りの話題よりかはインフラ寄りの話題が無難かなと思い、レイヤー1の話をしたいなーと思っています。

 え?BBSakuraとレイヤー1、そんなに関係なくね?と思ったあなた。
 実は、BBSakuraのアイコンは、インターネットと回線ケーブルをモチーフにした桜の花のシンボルが元になっているんですね。

bbs-logo

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 カラフルなラインは、回線ケーブルの色と世界の文化や業種の多様さがまざり、とけこみあっている様子を表しています。 ふたつの異なるフォントは、世界の「これから」と「これまで」の両方を表しています。 テクノロジーは、世界中で、大きく、複雑怪奇に発展してきました。 これからは、テクノロジーのために悩んだり犠牲を払う必要はないようにしたい。 テクノロジーは、人々の幸せのためにあるべきだから。

出典:会社紹介 | BBSakuraについて | BBSakura Networks株式会社

 なので、レイヤー1の話をするのはおかしくないんです!

 といったことで今日は、光通信の基礎である「レイヤー1」について解説し、「これまで」のWDMシステムから「これから」の400ZRの導入に関する実験結果を共有したいと思います。

 レイヤー1ってそもそもなんぞ?というところから、噛み砕いて説明していきます。それではよろしくどうぞ!

レイヤー1についておさらい!

 OSI参照モデル、みなさんご存知ですよね?親の顔より見た7層の階層。基本情報技術者試験とかで覚える、「ア・プ・セ・ト・ネ・デ・ブ」です。

osi-7-layers

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 レイヤー1はOSI参照モデルの物理層のことですね。基本的に、物理層は有線通信や無線通信により、データリンク層からのデータを送受信し、対向側のデータリンク層に繋げることを目的とします。カラフル!!

osi-7-layers-flow

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 レイヤー7のアプリケーション層から見ると、低レベルな話です。低レベルとは言っても、抽象の世界と比べて、物理の世界まで降りていく必要があるレイヤーなので、これも案外難しいものなのです。深層七層みたいなもんですね。おやおや。

 まぁ、レイヤー7より上には経済層・政治層・心情層などもっと難しいレイヤーもあるのですけどね。どのレイヤーにしろ、突き詰めていくとなかなか難しいものです。カラフル厳しい。おやおやおやおや。

コスパの良い物理層の設計のしかた

 身近な物理層の例として、あなたのラップトップと無線アクセスポイント間の無線LANもありますし、無線アクセスポイントとONUの間のLANケーブルも物理層です。

 そのONUから最寄りの通信局舎への光回線も物理層ですし、通信局舎からインターネットにアクセスする際にも、当然物理層は存在します。

 このレベルになってくると、何千・何万という端末(敢えて人/お客さまといった数え方はしません^^;)の通信が流れてくるので、1Gbpsや10Gbpsといったレベルではなく、100Gbps・400Gbpsといったスケールの「物理層」が必要となってきます。

100gbps-400gbps

100gbps-400gbps

 そして、光ケーブル一本に100Gbps・400Gbpsといった信号を流すだけでは、通信設備の鎮座する通信ビルの中はケーブルで溢れてしまうので、100Gbps・400Gbpsといった「物理層」を束ねるための「物理層」が必要となってくるのです。

 ネットワークエンジニアの皆さんは、ルータやスイッチに100Gbpsや400Gbpsの光トランシーバーが刺さっていることを見たことがあると思います。これらの光トランシーバーが送受信する光信号は、規格で定められており、一般的に同じ規格の光トランシーバーであれば同じ波長の光信号を出力します。具体的には、100G-LR4や100G-CWDM4、100G-SR4といった光信号です。

grey-optics

grey-optics

 これを専門的な用語で言うと、「Grey light」、訳すると「灰色の光」、と呼びます。

 あゞ、灰色の人生。。。

 このGrey lightを、異なる波長の光信号、「Colored light」=訳すると「色付きの光」に変換し、束ねることで1本(1対)の光ファイバーという「物理層」に乗せることができる技術が、波長分割多重通信 = WDM なのです。

 おぉ、カラフルな青春よ!

gray-vs-colored

gray-vs-colored

 WDMを使用せずGrey lightである、100Gbpsの光トランシーバを用いて離れた距離を繋げる場合、500Gbpsの光信号を伝送したければ、5本(5対)の光ファイバーが必要となります。一方で、Colored lightを用いたWDMを使用すれば、1本(1対)に光ファイバーをまとめることが可能となり、光ファイバの本数で言えば1/5、コスパの良い物理層を作り上げることができます。

 つまり、WDMは、光ファイバー1本に複数の波長の光信号を束ねる技術です。これにより、光ファイバーの本数を大幅に削減でき、コスト効率の良い物理層を構築できます。ただし、WDMシステム自体の価格が高いため、コスパを最大化するための最適な設計が求められます。

 最近はコスパ・タイパなんて言いますが、タイパの意味だとどうでしょうね・・・WDMってお高い上に、納期も結構ヤバいんですよね。タイパは良くない?かもしれません。

レガシーなWDMシステムの構成

 従来のWDMシステムは、特定のメーカーの製品で統一する「アグリゲーテッドモデル」が主流でした。*1

 たとえばト◯タ車のエンジンはト◯タ製なわけです(そこ!ヤ◯ハ製だろ!とか面倒なこと言わない!)。ト◯タ車にニッ◯ンのエンジンを載せても、ダメなわけです。

 ここではレガシーなWDMシステムと呼びます(レガシーなら例えはス◯ルだろ!とか無駄なツッコミもしない!)。

legacy-wdm-system

legacy-wdm-system

 ここで、「トランスポンダ」と書いてある部分は、grey lightをcolored lightに変換する部品を言います。これはWDMにとって非常に重要な部分になるのですが、値段が高くて、電力消費も大きい部品となり、設備屋にとっては頭痛の種となっています。

 次に「フィルタ」と書いてある部分は、複数の波長のcoloredの光を物理的に一本の光ファイバにまとめたり、その逆を行う光学部品の通称です。MUX/DEMUX(光合波器/光分波器)と呼んだりもします。

 最後に、「アンプ」はフィルタから入ってきた光を増幅し、ダークファイバーなどの伝送路から対向のWDM機器に送るための部品です。プリアンプ・ポストアンプにEDFA(エルビウム添加ファイバ増幅器)などの技術が使用されることが一般的で、OSCと言われる監視用の波長を入れる役割もあるのですが、これだけで一本の記事にできそうな勢いなので、ここでは割愛しますね。

 

レガシーじゃないWDMモデル

 近年では、異なるメーカーの部品を組み合わせて構築する「ディスアグリゲーテッドモデル」も登場し、オープン化が進んでいます。ONFやTIPなどの団体により、相互接続規格を含めた標準化も最近はされていますね。Open Line System、OLSなどと呼ぶこともあります。ただし、このモデルは柔軟性が高い反面、保証や運用面での課題もあります。

open-line-system

open-line-system

 オープン化とか、自分でパーツを組み上げるとか、すごいじゃないか!って思いますよね。自由な世界!民主化!そうなんですよ。でもね、、、自由ということは、メーカの保証もないし、オーケストレータなども枯れていなくて、商用で使うにはどうも・・・技術者としては面白いのですが、インターネットインフラ(と言われて久しい)の社会的地位が向上してしまった昨今、自由なインターネット世界と言ってもちょっと入れるのは憚られる(こんなこと言うと色々な方向から刺されそうですが)感じのサムシングなのです。

 一方で、OLSとしてはWDMベンダの各社から、サポートありで色々な製品も出てきていることも事実。ただ、数が出ていないから高いし、何よりもブラウンフィールド*2への適用を考えると、既存のアセット(=既に設置されたレガシーなモデル)を活用する方針がコスパは良く、かつOLSに段階的に移行していけそう、なのです。あと、OLSだからこそのライセンス形態があって、これも悩ましいところ

 よって、アグリゲーテッドなレガシーなモデルと、オープンなモデルを組み合わせた構成というのが、現状としては最適解であると仮説を立てました。

 また、レガシーなWDMモデルは各社が差別化をはかる為、インラインOTDR機能や、アンプの全自動光レベル自動調整機能などを持っていることも、OLSモデルにはない利点でした。これは密結合なシステムだからこそ、実現が可能なfeatureだと思います。

IPoWDMというエイリアン!?

 昨今ではIP over WDM、略してIPoWDMという概念が出てきました。これは、Colored Lightを出す光トランシーバーをルータやスイッチに直接挿すことができるモデルです。

 細かいことを言えば、OTNにすることなくIPのままで・・・という概念なのですが、細かい説明は(ここでは)本質的ではないので割愛します。

 IPoWDMとして一番名前が知られているのが400G-ZRと言われる光トランシーバーで、400Gのコヒーレント光、というColored lightを光トランシーバーが直接出すことができるんですね。

 これを使って既存のWDMシステムにエイリアン入光をして、果たしてコスパも品質も優れた伝送システムが実現できるかは、JANOGなどの運用コミュニティでも既存アセットの活用という観点ではあまり語られてはおらず、自社でのエンジニアリングが必要な課題でした。

 なおエイリアン入光とは、従来のレガシーなWDMシステムで主に用いられる用語です。A社製のWDMフィルタ(mux/demux)にB社製のトランスポンダのColored lightを入れるという手法のことです。あれ?つまり概念としては元からあって、再発明しているだけ??

400G-ZRのエイリアン入光時の課題

 さて、エイリアン入光という概念は既にあると。では400G-ZRをエイリアン入光する際に何が課題になるか?それは400G-ZRの光出力の弱さです。

 400ZRの規格を示しているOIF agreementを参照すると、400G-ZRの出力光レベルのwindowは-10dBmから、-6dBm。通常、WDMのトランスポンダの出力する光レベルが-9dBmから+4dBm程度ですから、かなり弱々しいと言ってもいいでしょう。550ccの旧々規格の軽自動車で高速道路に突っ込んでいくようなイメージです。果たしてうまくいくのでしょうか?

 また、ブラウンフィールドへの導入を計画しているわけですから、隣り合う周波数の光が+1dBmだったとして、そこと合波して影響を受けないか?も重要な観点となってきます。紆余曲折、PoCを実施するにもさまざまな課題があり、ようやく実験ができたので、その結果をここで共有しようと思います。

実験の結果!

 結論から言うと、400ZRをレガシーなWDMにエイリアン入光して通信することができました!!

400zr-pic

400zr-pic

400zr-cli

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システムとしてはこんな感じです。光レベルも良好。

400zr-alien-system

400zr-alien-system

 アッテネータ(減衰器)を、上記システムより、さらに強い値としても大きな悪化はありませんでした。良さげですね。1週間の長安(長期安定化試験/エージング試験)も実施しましたがflapなし。ただ、、いくつか課題も・・・ここはまた長くなるので、次の機会にしたいと思います。

 ただ、1つだけ言わせてもらうとすると、IPレイヤーと伝送レイヤーの技術者の分断というのは大きいんじゃないかな?と思います。CCIE持ちでもWDM??なにそれ??エイリアン入光って聞いてことないわ、なんて日常茶飯事ですし、伝送レイヤーの技術者はIPレイヤーの技術者に対して積極的に口出したりしないですからね。。。IPoWDMの導入に向けた一番本質的な課題は、IPレイヤーと伝送レイヤーの技術者の融合だと個人的には思っています。

まとめ

 400ZRをレガシーなWDMにエイリアン入光してみた実験は無事成功を収めました!これにより、投資コスト(CAPEX)もグンと下げ、レガシーなトランスポンダの電力・配線も削ることが出来、ネットワークのフレキシビリティも高めることが出来るので、運用コスト(OPEX)への効果も大きい。サンタさん、ありがとうございます!と言ったところで、ちょい尻すぼみな記事ではありますが、アドベントカレンダー記事としてはまぁこんなところでしょう。

 ただ段取り八分なんて言ったりしますが、実験するための環境を整備することが大変でした。。。そして、ラボモデルで出来た!と言っても、商用導入に向けてはまだまだ検証や整理することも沢山あり、課題が残ります。技術的な面もそうだし、経済層・政治層・心情層もね。。。(あっ、伏線回収!)

bbs-logo

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 カラフルなラインは、回線ケーブルの色と世界の文化や業種の多様さがまざり、とけこみあっている様子を表しています。 ふたつの異なるフォントは、世界の「これから」と「これまで」の両方を表しています。 テクノロジーは、世界中で、大きく、複雑怪奇に発展してきました。 これからは、テクノロジーのために悩んだり犠牲を払う必要はないようにしたい。 テクノロジーは、人々の幸せのためにあるべきだから。

出典:会社紹介 | BBSakuraについて | BBSakura Networks株式会社

 またもう一個の伏線回収なんですが、BBSakuraのロゴ。回線ケーブルの色のカラフルさもWDMならでは。さらに複雑で悩ましい「これまで」のWDMから、トラフィックが大量伝送できかつシンプルな400ZRという「これから」へのチャレンジを語らせていただき、回収とさせていただければ!

 何はともあれ、実験とアウトプット、そしてshareすることが大事だと思うので、引き続き色々発信できていければと思っています。

 あと宣伝になりますが、JANOG55に立松がスタッフ&登壇者として参加します!京都で僕と握手!よろしくお願いしま〜す(^^)/

www.janog.gr.jp

*1:アグリゲーテッドモデルという言葉は、著者が勝手に言っているだけでメーカによっては「オールインワンモデル」と言ったりします。しかし、ジャーゴンとして業界では後述の「ディスアグリゲーテッドモデル」と対比して、耳にするような気がしています。

*2:ブラウンフィールド = 1から設計が可能なグリーンフィールドに対して、既存の商用環境、という意図です